武邑くしひ第三句集『天使論』(假題)暫定70/300

I

鮫の齒の眞珠母色や匕首マック

式神のプロペラー唸るみ胸かな

虎穴へと入りて還らぬ泥んかな

火星なる贋の父母いかにいます

黄昏のそらより剥がすニッケル硬貨

屋上に五月の鷹が落ちてゐた

銀漢に棹さし落ちてゆかむ哉

きりきり舞ひののち犬の床さだまれり

ふいと手をはなるるカブールの風船

もうひとり俺が佇つてゐる廊下奧

II

なかゆびを立つるをんなや秋の風

いとし可愛と胡桃の股割り女かな

十六夜月をそこひの犬が舐め倒し

アマンドの眼を裂きて見るあんだるしあ

雙眸にハートのかたち穿たれて

柱時計にひそみてをれば巴里事變

わが猫の骸掲げて言問はむ

天津金木も醉うて沙に臥すテネレかな

塵埃の世を碗の父蝉蛻す

穴守稻荷のこんがらがつたる鳥居かな

III

ねぢりドーナツの標を越ゆれば湯殿かな

なにものにもあらず而して蓮忌

ことごとく兩手PEACEの遺影かな

アレ海の蜘蛛またぐらに煮えにけり

近づけば鴉文晁飛び去れり

絶對絶命些〔ち〕と面白くなつてきやがつた

蟻の門を渡れば落つる無底かな

南無妙球體感覺御開帳ふたつ三ツ

蝉しぐれうるさき朝を醒めにけり

蛞蝓〔なめくぢり〕這ふやウェヌスの虎挾み

IV

ヒロシマに落ちて融けゆく氷菓かな

玉音をうつつにぞ聽く夏の果て

貧困の秋の鍵盤鳴りにけり

ダグとトニーが今宵假寢の土管かな

對蹠點を穿つトーキョー・シンドローム

日ざかりの路を揚羽に横切らる

兔兒爺〔トゥルイエ〕にうつす微熱や夜の秋

太陽の金床を這ふ蟻一匹

ルイーズの髪のふたつの尖りかな

はるかより見ればわが星やすらけし

V

濁り水の水位足下にあがり來る

禍津日の地上のひかりこひねがふ

修羅を打つ管樂の音の鳴り止まず

犬頭の師の跡を踏むTENDER PAW

棄てて地を離るる月のひとしづく

縫合の疼く夜寒やなかのひと

曜變や?き無花果の實落つるごと

萬劫を風に舞ふらむ飛灰かな

飲み干せる小壜を遠く擲ちて

うそ寒き最後から二番目の朝可惜〔あたら〕し

VI

おのが尾を追ひて狂へば一期かな

短か世の罅を愛づるや大硝子

死ぬに佳き今日のひと日の愛〔いと〕しけれ

殘りたるこの身ひとつを初湯かな

大道に這ひつくばへば初轉び

寒の雨に甲斐なき傘の猪口進ぜう

病む母の窓を揺蕩ふ寒椿

(山口康一郎兄に)

ひよいと父消えしあたりをつむじ風

第三の眼のまどろみに春立ちぬ

暗殺者〔アサシン〕の胸のふくらみ背に刺さり

VII

フランシーヌをブルー・グレイの朝に焚き

赤の女王の影こんこんと遡る

カッシーニの空隙を滿たす空虚かな

冴えかへり冴えかへり丁子亂れかな

ゆく春やとんがり帽子の上に姉

春愁や女將の啖呵背〔せな〕に聞く

表象やひと滅ぶるは寂しけれ

騎士團長がお前の影をみちづれに

ヴァルプルギスのゐさらひ見れば見返さる

SAINTや餓鬼阿彌を熊野の湯屋へ曳き