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駅は見ている 渋谷駅編

幼稚園の時期から、小学校の5年1学期迄は、大井町線の終点、大井町、生後間もない頃迄と、中学、大卒から一人暮らしを始める迄の間が、中目黒と目黒、小学校五年の2学期から卒業迄は武蔵小杉(か元住吉)、千葉に越す前の丁度一年が溝の口(又は高津)と言う訳なので、何かしらお世話になった駅が、この渋谷駅です。

 通しで、30年以上付き合いが有るので、忘れようにも忘れられません。

 記憶に新しいのですが、4年前の3月15日に東横線渋谷駅は地下化されました。10年以上前に、横浜―桜木町間が廃止になった時と同様、地下5階になり、一気に乗り換えが煩雑になりました。其の半月後、東横店東館も、駅の設置と共に解体に。

 これは、其の前年に東急文化会館(2003年閉館)跡地に建設されたヒカリエに直結になり、様相が一変しました。

 実は其の前にも、似た様な事が有り、旧東急文化会館東横線の改札口から直結する形で連絡口が有り、信号や歩道橋を渡らずに、行けて便利でした。約1年程それの役割は、ヒカリエが担いましたが、東横線の地下化により、未だ工事中の様相を呈しています。

 

 店の反対側に目を向けると、山手線の改札を反対側に降りると、外回りのみの改札口、玉川口が有ります。

 もう、其の面影が消えつつ有りますが、実は其の改札の先に、玉川電車と呼ばれた、東急玉川線が有りました、昭和52年から、平成12年迄新玉川線と呼ばれた部分(開通当初 二子玉川園ー渋谷間)後上を走っていました。

 昭和44年5月の全線廃止後は、今はモヤイ像の近くに或る、東急バス渋41系統(渋谷―大井町)が担っていましたが、平成10年にマークシティが出来る事になる3年前に、塞がれ目の前に見えるのは、100メートル遠くなった、京王井の頭線だけになりました。これに因って、同バス系統は、現在の位置付近に移動されたのです。

 此の様に山手線を挟んだだけでも、大分変化が有るのですが、実はそれだけでは有りません。最初の地下鉄である、銀座線です。

 

 元は、東急と同じ系列の東京高速鉄道が、昭和13年1月15日に全通した渋谷―新橋6.3キロが起源で、駅そのものの開業は其の前年の暮れの開業(12月20日)です。

 実は、去年の11月に一部工事が終わったのですが、此の地下鉄(と言いつつ地上3階にある)元東横線にホームを移動する、埼京線(もと山手貨物線)が移動する関係もあり、現在高架橋になっている部分にホームが移動されるのです。

 此の工事を含め、大義名分上は、煩雑と言われる、渋谷駅の乗り換えをスムースにする為の大工事が10年後に向けて行われる工事の一環で行います。

 概略を話すだけで、殆ど終わってしまいましたが、実は埼京線の今のホームの位置こそが、実は最初の渋谷駅の位置で、現在のJRの渋谷駅のホームは移設後の2代目以降の駅の位置なのです。

 その他、たった2年だけ営業された、ミニロープウェイ等も有り(これは映画のワンシーンで使用されている)。渋谷の謎は、尽きないのです。